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2018.08.21
| まちづくりプロジェクト自慢 三重県

明治初期に実在した“度會県”明治150年を期に復活?

度會県のロゴマーク/画像提供:三重県(共同通信PRワイヤー)

1871(明治4)年、江戸時代から続いていた「藩」が廃止され、地方統治を中央管下の「府」と「県」に一元化する廃藩置県が行われました。これにより三重県域は、伊勢国の半分と伊賀国からなる「安濃津県(あのつけん)」と伊勢国南半分と志摩国に紀伊国牟婁郡の一部を加えた「度會県(わたらいけん)」の二県になりました。

翌、1872(明治5)年、安濃津は「三重県」に改称、度會県の一部が三重県に引き渡されました。さらに1876(明治9)年、三重県と度會県が統合し、現在の三重県が誕生し、同時に度會県は廃止されました。

明治初期、たった5年間だけ実在したこの「度會県」が、明治150年の今年、バーチャル上に復活し、8月20日(月)から県民登録が始まっています。

三重県南部地域は、伊勢神宮や熊野古道など歴史的資源を持ち、海・山・里といった自然環境にも恵まれていますが、他の地域に比べ進学就職時に地域外に転出する若者が多く、人口減少・高齢化による地域づくりの担い手不足に直面しています。そこで、三重県では「定住人口」でも「交流人口」でもない、地域や地域の人々と多様に関わりを持つ「関係人口」に着目、度會県をバーチャル上に復活させ、度會県民に登録した人と県南部地域の継続的なつながりの機会の創出を目指しています。

 

<「度會県」の概要>

 

明治維新後の第2次廃藩置県で1871(明治4)年11月に誕生した県。現在の津市の一部から伊勢、尾鷲、熊野各市などを含む、三重県南部に位置していました。県都は宇治山田村(現在の伊勢市)。1876(明治9)年4月の第二次府県統合により、三重県北部の安濃津県と合併し、三重県となりました。

 

<「度會県復活・県民大募集」について>

 

★県民募集★

登録開始:2018(平成30)年8月20日(月)正午から

登録証:バーチャル県民証が発行され、定期的にメールマガジンが送付されます

登録方法:「度會県」のウェブサイトで登録 https://wataraiken.com/lp/

 

★県民参加型プロジェクト★

三重県南部地域の地域課題を踏まえ、登録県民に関わってもらいたいこと、協力してもらいたいことをプロジェクト化してHPに提示。第1弾は廃校となった九鬼小学校の活用をテーマとしたフィールドワーク「九鬼かいぞく学校・夏」を実施。

開催日時:8月25日(土)10:00~20:00、8月26日(日)9:00~18:00

場所:三重県尾鷲市九鬼町

対象:九鬼近隣の高校生、東京大学学生、大学生

参加費:1000円

主催:九鬼かいぞく学校実行委員会

後援:九鬼町内会、尾鷲ヒト大学

HP:https://m03oiu496c.wixsite.com/mysite

 

★度會県民の集い★

度會県民同士や県民と地域住民との交流を図るため、都市部で交流イベントを実施。

第1回開催日:10月13日(土)

会場:東京日本橋の三重県アンテナショップ「三重テラス」

 

詳細は、度會県の公式HPをご覧ください。

https://wataraiken.com/lp/

 

<画像提供>

三重県(共同通信PRワイヤーより)

 

 

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