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生活文化創造都市推進事業
生活文化創造都市ジャーナル_vol.5 IR(統合リゾート)と文化芸術支援
- 太下義之氏
- (三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
- 芸術・文化政策センター長)
1.予算からみた日本の文化政策
さて冒頭からいきなり大きな問いかけとなってしまうが、現在の日本の文化政策とは、いったいどのような状況にあるのであろうか。特に諸外国と比較した場合、日本の文化政策の特徴とはいったいどのように表現されるのであろうか。もちろん施策や事業における比較も可能であるが、ここでは文化予算に焦点をあてて考察してみたい。
文化庁の委託研究(受託:(一社)芸術と創造)によると、日本の文化予算(2016 年度)は約1,040億円であるが、これは他の先進7 カ諸国と比較して最も少ない。また、各国の国家予算に占める文化予算額の割合をみると、日本はアメリカに次いで下から2番目に位置している。なお、アメリカは国(連邦政府)としては文化政策を明確に所管している省庁がないという特殊な政策体系の国であるため、先進諸国の中では日本が実質的に最下位であると評価できる。
すなわち、極めて残念なことではあるが、文化政策のための予算額が少ないことが、日本の文化政策の大きな特徴の一つであると言えるのである。
2.IR(統合リゾート)と文化振興
一方、2016年12月15日に、自民党や維新の党(当時)が「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」(以下:IR法)を議員立法で提出し、国会にて可決・成立した。
ここで言う「特定複合観光施設区域」とは、「統合型リゾート(IR=Integrated Resort)」のことである。そしてこの“IR”とは、大型ホテルや商業施設、会議場などが一体となった施設を指しており、その一部にカジノも含まれている。
同法案は、IR整備へ向けての基本的な方向性を示したもので、IR法施行後1年以内をめどに、政府はカジノの規制やギャンブル依存症対策などを盛り込んだ「実施法」を整備することとなっている。
そして、この動きに伴って北は北海道から南は沖縄まで、既に全国16 以上の都道府県でIRの設置構想が打ち出されている。
さて、IR法に関して文化政策の観点から注目すべきは、以下の二つの条項であろう。まずIR法の第十二条において、「国及び地方公共団体は、別に法律又は条例で定めるところにより、カジノ施設の設置及び運営をする者から納付金を徴収することができるものとする」と記述されている。
また、IR法に対する付帯決議の十四においては、「法第十二条に定める納付金を徴収することとする場合は、その使途は、法第一条に定める特定複合観光施設区域の整備の推進の目的と整合するものとするとともに、社会福祉、文化芸術の振興等の公益のためにも充てることを検討すること。また、その制度設計に当たっては、依存症対策の実施をはじめ法第十条に定める必要な措置の実施に十分配慮した検討を行うこと」と記述されている。
すなわち、IRの収益の一部は「納付金」として国または地方自治体によって徴収され、その「納付金」は、「文化芸術の振興等の公益」のために充当されることが検討されているのである。
ギャンブルと文化芸術の振興が結びつくということは、イメージしにくいかもしれない。ただし、日本の文化政策の先進事例として参照される英国のアーツカウンシルの主な資金は、実は政府(文化・メディア・スポーツ省)だけでなく、宝くじ(ロッタリー)基金から相当な金額(予算額の約4割)が支給されているのである。以下において、その現状を概観してみたい。
3.英国National Lotteryによる文化芸術支援
英国では、2016年現在、Lotto、EuroMillions、Thunderball、Lotto HotPicksの4種類の宝くじが発行されている。2015年度の国営宝くじ(National Lottery)の総売上高は、75億9,500万£(1£=150円で換算すると、約1兆1,393億円)となっている。なお、National Lotteryを購入することができるのは、16歳以上かつ、英国またはマン島の居住者である。
National Lotteryの所管は文化・メディア・スポーツ省(Department for Culture, Media and Sport:DCMS)であり、「国営宝くじ委員会(National Lottery Commission)」が、国営宝くじの適切な運営、くじ購入者の利益の保護のために監督を行っている。そして、実際の業務を受託する企業は入札で決定され、現在は「キャメロット・グループPLC」が落札し、運営している。なお、同グループは食品、印刷、コンピューター、宝くじ、通信各種の企業からなる。
公益財団法人日工組社会安全研究財団が作成した「世界のゲーミング」(2004)をもとに、National Lotteryの沿革を概観すると、次のようになる。英国で最初の宝くじは1569年、植民地であるアメリカのバージニア経営の財源として、スコットランド王朝によって発売されたものである。その後、18 世紀末あたりから宝くじによる非合法行為や社会悪が強まり、国営宝くじへの批判も拡大した。そして1823年には「国営宝くじ禁止法」が制定され、その結果、1826 年の国営宝くじを最後として国営宝くじはいったん廃止された。
1990 年、民間によって宝くじ推進委員会が設立された。そこではイギリス国立オペラ理事長等の有力者がメンバーとなり、収益金を広く芸術・スポーツ振興・環境保全に用いるために、国営宝くじの再開を試みた。イギリスオリンピック協会やスポーツ評議会、芸術協会といった諸団体も積極的に宝くじ推進員会を支援した。
その結果、1993 年に「国営宝くじ等に関する法律(National Lottery etc. Act 1993)」が成立し、翌1994 年11月から170 年ぶりに国営宝くじの発売が再開された。以上のように、英国のNational Lotteryは芸術振興等を前提として再開されたものだったのである。
National Lotteryの支出内訳をみると、以下のようになっている。下表のうち、「ナショナル・ロッタリー・プロジェクト」への支出の約19億£(1£=150円で換算すると、約2,852億円)が文化芸術の振興等の公益のために充当されている。
図表3 National Lotteryの支出内訳(2015年度)
支出内訳 |
金 額 |
割 合 |
ナショナル・ロッタリー・プロジェクト |
19億0,100万£ |
25.0% |
賞金 |
41億9,800万£ |
55.3% |
政府に送金(税金) |
9億1,100万£ |
12.0% |
小売業者の手数料 |
3億3,300万£ |
4.4% |
その他 |
2億5,200万£ |
3.3% |
計:2015年度の国営宝くじの総売上高 |
75億9,500万£ |
100% |
(出所)National Lottery
<https://www.national-lottery.co.uk/life-changing/where-the-money-goes>
そして、上記の「ナショナル・ロッタリー・プロジェクト」による支援の概要(分配内訳)をみると、以下の表の通り、4億4,283万£が「芸術」に、また、5億9,490万£が「文化遺産」の振興に活用されている。これら二つの文化政策領域への支援は、金額ベースで全体の約6割を占めている。その他の公益目的も含めて、1994年から2015年までの期間で、合計50万件以上のプロジェクトが支援されたとのことである。
図表4 ナショナル・ロッタリー・プロジェクトによる支援の概要(2015年度)
分配内訳 |
金 額 |
割合(※) |
補助金分配機関 |
芸術 |
4億4,283万£ |
25.6% (20%) |
Arts Council England Arts Council of Northern Ireland Arts Council of Wales Creative Scotland BFI;British Film Institute |
文化遺産 |
5億9,490万£ |
34.4% (20%) |
Heritage Lottery Fund |
スポーツ |
2億7,951万£ |
16.1% (20%) |
Sport England Sport Northern Ireland Sport Wales sportscotland UK Sport |
健康、教育、環境、 その他の慈善活動 |
4億1,403万£ |
23.9% (40%) |
Big Lottery Fund |
合計 |
17億3,128万£ |
100% |
- |
(出所)英国政府“National Lottery Distribution Fund Account 2015-16”
※「割合」の上段は2015年度の実績値、下段の()内は政府によって定められている配分想定割合。なお、上記の19億£との差額はNational Lottery Distribution Fundの運営コスト等。
<https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/536372/National_Lottery_Distribution_Fund_2015-16_-_print_ready_version.PDF>
そして、上記の「ナショナル・ロッタリー・プロジェクト」による支援にあたっては、「国営宝くじ法」において補助金分配機関(Distributing Bodies)が指定されている。National Lotteryを原資とする芸術支援のうち、最大の被支援団体はArts Council Englandであり、2015年度は3億3,429万£(1£=150円で換算すると、約501億円)が配分された。この金額は、芸術支援のうち75%を占める。そしてこの配分金額のうち、2億6,842万£がArts Council Englandの2015年度の一般会計に繰り入れされた。これはArts Council Englandの収入のうち37%を占める。その他の金額は複数年にわたる投資的経費に算入されたものと推定される。
さらに付言するならば、Arts Council Englandの現在のフラッグシップとなる事業の一つ「公募型の助成(Grants for the Arts)」は、1994年にNational Lotteryの財源が創設されたことにより開始された。同事業において2015年度には、芸術団体や個人を対象として合計約6,200万£が助成された。
(出所)Arts Council England(2016)“Grant-in-Aid and Lottery distribution annual report and accounts 2015/16”
以上のように、英国においてギャンブル(National Lottery)の収益が文化芸術の支援に極めて大きな役割を果たしている。こうした先進事例を勘案すると、日本においてIR が整備された場合、その納付金を文化振興のために活用することが望ましいと筆者は考えている。今後、芸術文化団体や実演家等からも、こうした政策提言の声があげられることを期待したい。
以上